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このマークはエステムが非営利活動を行う際のシンボルマークです。地球と水、それら環境を支える手を表現しています。

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植林活動

中国植林2016
 1996年から中国内蒙古自治区クブチ沙漠での植林事業、「緑の協力隊」に参加しています。2016年は8/14〜8/20の間、エステムからは1名の社員が植林活動に参加しました。それでは参加者の感想をどうぞ!

奥田さん 中国植林に参加して
 (碧南事業所 奥田祐介)

 8月14日から20日の間、愛知大学ポプラの森「緑の協力隊」第13次隊に参加し、中国のクブチ沙漠で植林をしてきました。クブチ沙漠は中国内蒙古自治区に位置し、総面積は1.86万km2です。植林は恩格貝という地域で行いました。恩格貝では1991年から緑化が進められ、現在では森ができ、人が増え、街ができ、産業が生まれ、観光地にもなっています。実際に恩格貝に行くと緑がたくさんあり、昔は沙漠だったということが信じられませんでした。

 植林活動は16〜18日の3日間行いました。植林初日、苗木の植え方の説明を受け、さっそく作業に取り掛かります。まずは苗木を植えるために穴を掘ります。水分を含んでいるところは掘りやすかったのですが、乾いているところは掘ってもアリジゴクのように崩れるため、苦労しました。穴を掘ったら苗木を植えます。苗木が斜めに傾いていると「心が曲がっている!」と言われたため、まっすぐになるように慎重に植えます。苗木の周りに土を盛って水鉢を作ったら完成です。夢中になって木を植えていると気づいたら時間が過ぎていました。

 17日は雨が降ったため、午前中の植林活動が中止になりました。「カッパを着て植林をすればよいのでは?」と思ったのですが、遠く離れたところでの豪雨が原因で鉄砲水が発生することがあり、危険だそうです。沙漠にとっての雨は「恵みの雨」だと思っていたので、災害も引き起こすということを知って驚きました。

奥田さん  3日間で目標としていた600本の苗木を植えることができました。沙漠全体の中では本当にわずかな面積に木を植えただけにすぎません。「やればできる。やらなければできない。」恩格貝で植林を始めた故・遠山正瑛先生の意思を引き継いで、あきらめずに続けていくことが沙漠を緑に変えていくことに繋がると思いました。

 今回の活動に参加して、普段の生活ではできないことを体験でき、充実した1週間を過ごすことができました。自分の価値観を変えられた部分もありました。やはり現地に行って実際に見るということは大切なことだと思いました。機会があれば植えた木が元気に育っているか見に行きたいです。

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タイ・チェンマイ植林2016
 2006年より毎年、三重大学名誉教授の梅林先生が主催される「チェンマイ七夕植樹祭」に社員を派遣しています。2016年は7/9〜7/13の間、4名の社員が植樹活動に参加しました。今後も海外での植樹活動を継続していきます。それでは参加者の感想をどうぞ!

石坂さん 第16回チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (長久手事業所 石坂祐二)

 7月9日〜13日の5日間の日程で、第16回チェンマイ七夕植樹祭に参加してきました。今回、活動を企画された梅林正直三重大学名誉教授がドクターストップで参加されず、日本人の参加者はエステム4名を含め合計11名でした。

 2日目は、チェンマイのライオンズクラブの方々と行動を共にし、クアンパーク寺院学園でのマナオ等4種の果実苗の寄贈・植樹などを行いました。

 3日目は、タイ最高峰のインタノン山におけるロイヤルプロジェクトの見学でした。ロイヤルプロジェクトとは、農村部の貧困農民に経済的自立を目指して農業の指導をしていくという国家の政策であり、プロジェクトポイントは現在国内に38か所あるようです。クンワンというセンターでM島相談役、鋤柄名誉会長、丸山部長が植樹された桜の若木の生育状況を観察しました。また山頂付近の公園には2年前に寄贈した桜の木がありますが、昨年11月に満開になったそうです。なお、タイの温暖な国土には、寒冷系の河津桜や寒緋桜よりも大島桜の方が合っているようです。

石坂さん  16回継続してきた活動ですが、今回が最後になるという話も出ています。私は以前から海外で組織的な活動に携わりたいと思っており、今回念願の参加となりました。参加させて下さいました皆様に御礼申し上げます。クアンパーク村では地元の方々から歓迎を受けましたが、過去に行かれた方のレポートを拝見すると最初からそうだった訳では無いようで、梅林先生が長年地道に活動されてきた結果、少しずつ信頼が得られてきたようです。日本人メンバー、ライオンズクラブの皆様との出会い、またタイ北部農村における違法なケシ栽培という、国家規模の問題に対して少しでも支援に関われたという実績を自信に繋げ今後に生かしていきたいと思います。マナオはタイでは高値で取引されるとのこと。今後地元の方々の幸福と生活の安定が得られることを願っています。

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中国植林2015
 1996年から中国内蒙古自治区クブチ沙漠での植林事業、「緑の協力隊」に参加しています。2015年は8/16〜8/22の間、エステムからは1名の社員が植林活動に参加しました。それでは参加者の感想をどうぞ!

辻さん 中国植林に参加して
 (環境ソリューション部 辻裕介)

 8/16から8/22までの7日間、愛知大学緑の協力隊「ポプラの森」第12次隊の一員として中国内モンゴル自治区恩格貝(オンカクバイ)の植林活動に参加してきました。海外植林ボランティアには、前々から興味があり、この度ようやく念願かなって行くことができました。

 恩格貝は中国北部内蒙古自治区内にあり、北京から約500km、モンゴル国境から約200kmのところに位置します。北京から空路で包頭まで行き、包頭からバスで3時間かかります。数年前には、寝台電車で行っていたそうですが、現在は高速道路も整備され交通の便もよくなったそうで、中国が急速に発展していることを実感ました。

 出発前は現地がどうなっているのかわからず、あたり一面砂漠が広がっていると思っていましたが、恩格貝には、ホテルや売店があり生活するには十分なほどの施設が整っており、ここが砂漠だったなどとはよほど想像もつかないほど緑が広がっていました。また、周辺にはハウス栽培などの農業がおこなわれ、砂漠博物館や体育館の建設も進められており、緑化によって産業が発達し、住民の生活が向上していることを実感しました。

辻さん
 日本緑化実践協会による植林活動は1991年に始まり現在までに植えたポプラの木は400万本にのぼっているそうです。これまでは増やすための植林が重要な活動となっていましたが、現在は、枝の選定や植え替え、水やり等森林を維持するための育林も重要な活動になってきています。実際に、以前は二日半の活動のすべてを植樹に充てていたそうですが、今回は、植林は一日半で残りの一日は枝の選定等の作業を行いました。

 私は、植林だけでなく現地スタッフの手伝いもさせてもらいました。私たちがポプラの木を植えるのに前もって準備をし、後の世話をしてくれていることによって、私たちの植林活動が支えられていることを、身を以て感じました。

 中国に対する見方は、人それぞれあると思います。マスコミやインターネットなどによって中国についてさまざまに伝えられますが、今回実際に中国に行き、広大な砂漠や草原の中で、そこで暮らす人々、そこに来る人々、多くの人と触れ合うことによって、また広い視野を持つことができたと思います。このような機会を与えていただいたことに感謝いたします。

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中国植林2014
 1996年から中国内蒙古自治区クブチ沙漠での植林事業、「緑の協力隊」に参加しています。2014年は8/16〜8/22の間、エステムからは1名の社員が植林活動に参加しました。それでは参加者の感想をどうぞ!

一色さん 中国植林に参加して
 (環境ソリューション部 一色洋佑)

 8月16日から22日までの7日間、愛知大学緑の協力隊「ポプラの森」第11次隊の一員として、中国内モンゴル自治区恩格貝(オンカクバイ)の植林活動にはじめて参加しました。

 なぜ、わざわざ日本人が中国の奥地へ植林をしに?お金だけ払って現地の方々に植林活動をしていただいた方が、効率が良いのではないか? と少し疑問を持ちつつも植林活動に参加しました。しかし、現地を実際見ることで、現地スタッフや添乗員の話を聞いたことで疑問が解けました。

 ひとつは、目に見えて沙漠緑化の成果があること。はじめて恩格貝を見て驚いたのは、想像以上に沙漠に緑が広がっていることでした。 住民がたった5名のなにもない砂漠から、人口800名の観光地へと成長した姿は植林活動開始以前の写真を見るまで信じがたいものでした。

一色さん
 ふたつめは、遠山正瑛先生の沙漠緑化を通した「日中友好」の意思が引き継がれていることです。現地スタッフの間瀬さん・添乗員の高橋さんの話を聞いてハッとしました。 「現地の中国人や植林ボランティアに参加する日本人のみんなに喜んでもらいたいから僕はここにいる。」 「日中好き嫌いはともかく、交友しない限りその先はない。植林活動はそのひとつの手段であり、一人でも多くの人に中国へ植林に来てほしい。」

 人生を賭けた意志の下、働いておられる間瀬さん、高橋さんの姿勢には感嘆・敬服しました。 そうした日本沙漠緑化実践協会や愛知大学緑の協力隊の意志が23年も続いていることで、 不毛の土地だった恩格貝に約400万本のポプラの森を作り上げ、中国政府を巻き込み、観光地へと発展させたのだと思います。

 今回、ポプラの森第11次隊の15名+内モンゴル大学生徒・職員で、3日間で501本のポプラを植えることが出来ました。 春に行われる植樹活動に比べればごくごくわずかな成果でしかありません。しかし、この活動を続けることが、 遠山正瑛先生をはじめ多くのボランティアの方々の意志を継ぎ、日本と中国の交友やその先へつながる懸け橋となるよう、 今後多くの方がこの活動に参加されることを願います。

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タイ・チェンマイ植林2014
 2006年より毎年、三重大学名誉教授の梅林先生が主催される「チェンマイ七夕植樹祭」に社員を派遣しています。2014年は7/5〜7/10の間、1名の社員が植樹活動に参加しました。今後も海外での植樹活動を継続していきます。それでは参加者の感想をどうぞ!

井浪さん 第14回チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (長久手浄化センター 井浪希)

 不安要素満載で幕開けしたチェンマイ七夕植樹祭でした。
 5月には今年のエステムからの参加者は私一人だけという事実を知り、更に現地タイではクーデター発生、そして出発の3日前には胃腸炎を患い… 何事もなく無事に帰ってこられますように。それだけが出発前の私の正直な思いでした。

 梅林正直三重大学名誉教授が企画されている、チェンマイ七夕植樹祭は今年で14回目。 今年の七夕植樹祭では、クアンパーク寺院学園にて砂糖椰子400本を贈呈、植樹し、その後、シリキット王妃植物園にて
マナオ100本を贈呈しました。

井浪さん  植樹祭では子供達が『七夕さま』を日本語で歌い、私達はお返しに『チャン(象)』をタイ語で歌うというのが通例だそうです。 私達も前夜の夕食時や移動のバスの中など、子供達に負けないようにと張り切ってチャンの練習をしていたのですが、 何と今年は植樹祭当日が日曜日!その為子供達が10人ほどしか集まっておらず、結局七夕さまもチャンも私達が歌うという、 寂しい結末となりました。残念。 しかし、出迎えてくれた現地の方々からは手厚い歓迎を受け、現地の方々の梅林先生に対する思いを実感しました。

 また、今回は梅林先生が新たな挑戦として今年の2月に開始した、”SAKURA PROJECT, CHIANGMAI, THAILAND ”で桜を植えた場所に行き、 その後の桜の成長具合も見てきました。植えてからまだ半年も経っていなかったのですが、桜たちは梅林先生も想定外のスピードで成長していたようです。 桜が花をつけるのには少なくとも3年かかると言われるそうなので、早ければあと2年後の冬(タイで桜が咲くのは1月〜2月)には、 タイでお花見ができるかもしれません。 ちなみに、タイで植えられているのはカンヒザクラやヤエセキザンが多いようです。日本で最もメジャーなソメイヨシノは、 タイの土地とは相性が合わず、全滅してしまったとのこと。ただし、タイで最も高い山、『ドイ・インタノン』の中腹、 標高1580mの村に植えられたソメイヨシノは、元気に育っていました。タイでソメイヨシノが見たかったら、 是非、ドイ・インタノンに上ってみてください。

 不安ばかりで始まった七夕植樹祭でしたが、蓋を開けてみればとても楽しく、 普通の旅行ではできないような経験ばかりさせていただいた6日間となりました。このような貴重な機会を与えてくださった、 全ての方々に深く感謝いたします。ありがとうございました。

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中国植林2013
 1996年から中国内蒙古自治区クブチ沙漠での植林事業、「緑の協力隊」に参加しています。2013年は8/17〜8/23の間、エステムからは2名の社員が植林活動に参加しました。それでは参加者の感想をどうぞ!

兼子さん愛知大学「ポプラの森」第10次植林ボランティア隊に参加して
 (環境ソリューション部 兼子達也)

 初めての海外、期待と不安を胸に出発しました。
 この不安要素を払拭して下さったのは、紛れもなく活動の参加された方々でした。添乗員の高橋様をはじめ、愛知大学の方々、そして相棒の尾崎君。この場をお借りして御礼申し上げます。

 さて本題ですが、クブチ砂漠に到着し、意外に緑があるなと感じました。しかし、この緑は砂漠緑化に悪戦苦闘しながらも、挑み続けた、故 遠山先生を始めとする多くの方々の努力の結晶でした。「やればできる」という言葉を胸に、私も二日間無我夢中で植林を行いました。炎天下、雨、風など、自然の力に少々てこずりましたが、総勢で900本の木を植えました。全体からみると、ほんのわずかなものですが、継続することにより緑が広がっていくことは結果が示しています。この活動が永遠に続き、未来には驚くような森が育つことを心より祈ります。「植林」という志の元に集った35名の仲間、また現地の方々に出会えたことは私にとって財産です。

 私自身、今回の活動に参加して得たことを周囲に伝え、各方面に普及していくことを心から願います。

尾崎さん緑の協力隊「ポプラの森」第10次隊に参加して
 (環境ソリューション部 尾崎真)

 私は大学生の頃から、沙漠緑化に興味あり、沙漠化の現状を実際に行って見て感じたいとずっと思っていました。特に中国の沙漠。中国に植林に行くことは入社する前からの願望でした。

 恩格貝は自分の想像していた以上に緑に覆われていました。しかし、わずか20年前は砂沙漠の中。今では、点滴灌漑、スプリンクラー灌漑等により商品作物も盛んに作られていました。恩格貝に農業に出稼ぎに来る人も多いと聞き、わずか20年の間に砂に埋もれようとしていた村から、人が来るような魅力的な街に激変したことに、遠山正瑛先生はじめ、先人たちのあきらめず継続してきた努力が見え、感動を覚えました。

 植林作業は晴、砂嵐、雨、曇と天候がめまぐるしく変わりましたが、それも良く、楽しく、もっとやりたい状況で終わりました。1週間、1ヶ月、ここで植林作業に関わりたいと思いました。しかし、今回は多くの人で一緒に作業をやったことで楽しいと感じたのかもしれません。私たちが関わったのはわずか2日。その裏には下準備、植林後のメンテナンス等、重要な活動が隠されています。本当の大変さはわずか2日ではわからない。その点をもっと知りたい、関わりたい、そう感じました。植林作業の休憩の間に、一人少し離れた砂丘に駆け上がると、一面に広がる「砂沙漠」。私がずっと一度見たかった景色がそこには広がっていました。ホント圧巻でした。

 私たちが植林させていただいた箇所を、帰国後Googlemapで確認すると、クブチ沙漠のほんの点にしか過ぎませんでした。しかし活動を継続していくことで、いつかは点から面になっていくと思いますし、私も何かしら一助できればと思います。

 今日、日中間は政治的に領土問題等多くの問題を抱えています。しかし、今回、現地の方と関わり、そのようなことは一切感じませんでした。内蒙古大学の学生とも楽しい時間を過ごしました。

 マスメディアの伝え方一つで、私たちは先入観を持ってしまい、相手に対する感情も変わってしまいます。政治的、経済的摩擦がお互いの関係を悪くしてしまっているのかもしれません。歴史的な深い問題もあります。それらがお互いの心の沙漠化を引き起こしているように思います。しかし、先入観を持たず、実際に関わることでお互いの心の緑化を進めていく必要があると感じました。沙漠緑化も、遠山正瑛先生はじめ先人たちがあきらめず続けることで、築きあげてきた人間関係あってのものだと強く感じました。

 私はこの活動をより多くの人に知ってもらいたい、そう思います。できれば是非参加してもらいたい。そうすることで、沙漠緑化だけでなく、人間関係双方の改善につながると思います。今回、エステムは世の中への奉仕活動も積極的に行う良い会社だとあらためて感じました。今回、参加させていただき感謝いたします。私も今後、沙漠緑化活動をより多くの方に伝え、双方の関係改善に少しでも貢献していこうと思います。そして、いつかまた、現地へ行きたいと思います。ありがとうございました。

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タイ・チェンマイ植林2013
 2006年より毎年、三重大学名誉教授の梅林先生が主催される「チェンマイ七夕植樹祭」に社員を派遣しています。2013年は7/6〜7/11の間、5名の社員が植樹活動に参加しました。今後も海外での植樹活動を継続していきます。それでは参加者の感想をどうぞ!

井浪さん第13回チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (環境調査センター 杉山浩子)

 入社して4年目、ついに念願の海外植林に参加することができました。
 チェンマイ七夕植樹祭は、三重大学 梅林正直名誉教授を中心に毎年行われているボランティア活動で、今年で13回目を迎えます。タイ北部はかつて、麻薬の原材料であるケシの栽培が盛んに行われていました。そこで梅林先生は、ケシに代わる収入源を作るため、梅やマナオ等の実のなる木を植樹してきました。この活動の一部で、毎年7月に行われているのが七夕植樹祭です。今年は、タイ北部にあたるクアンパーク寺院学園に砂糖椰子を400本、シリキット王妃植物園マナオを50本寄贈し、植樹を行ってきました。

 今回私は、生まれて初めて海外にでました。見るもの体験するもの全てに刺激的うけましたが、特に印象に残ったことを報告します。

 1つめは、言葉です。今回のツアーでは、現地の方と話す機会が多くありました。学校の生徒、植樹を手伝って下さった方々や、露店の売り子さんなど、皆さん笑顔で話しかけてくれます。売り子さんにいたっては、タイ語だけでなく、英語や日本語、中国語でも話してくれたのですが、ほとんど理解できませんでした。これまで日本語以外の必要性を感じなかったのですが、自分の識見のなさに気付かされました。この機会に私も海外に目を向け、語学力を身につけたいと感じています。

 2つめは、クアンパーク寺院学園でのことです。ボランティアに行くのだから、貧しい学校なのだろうと想像していたところ、とても立派な校舎が私達を迎えてくれました。そして生徒達は、デジタルカメラやスマートフォンで植樹祭の様子を撮影しています。私は内心、「植樹が必要なの?」と思いました。しかし現地の皆さんの歓迎を受けて、重要なのは今までの活動やそれを通じて得た繋がりで、これを継続していくことも大切なのだと気づきました。私が感心した校舎も、この活動を通して増築したそうです。

 七夕植樹祭を13年間続けてきたのは、梅林先生だけでなく多くのボランティアの方々の情熱です。この活動が今後も継続されるよう、これから派遣される後輩たちに期待しています。
 このような機会を与えていただき、ありがとうございました。

花島さん第13回チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (豊田事業所 花島友子)

 感謝の気持ちと笑顔に満たされた植樹祭でした。
 バンコクで国内線に乗り継ぎ、チェンマイ空港に到着すると、梅林先生をはじめ一足先にチェンマイ入りしていた方から、温かい歓迎をうけました。プアン・マーライというジャスミンとバラを中心とした花に糸を通した、美しい「花数珠」をいただき、日本から約8時間、それまで緊張していた気持ちがほぐれて、笑顔で植樹祭ツアーをスタートすることができました。

 今回参加するにあたって、梅林先生を中心とする梅やマナオの植樹活動による現地の生活の変化を聞くことと、植樹しているマナオのジュースを飲みたいと思い、英語と少しのタイ語を頭に叩き込んで行きました。
 マナオジュースの注文は、「ナム マナーォ、プリーズ!」で難なくクリア。ほど良い酸味とすっきりとした後味が気に入り、ほぼ毎食飲みました。

 現地の生活については、チェンライ県バンコーン村について、梅林先生に直接話を聞く機会がありました。先生のブログ「Dr.MANAOのおどろきタイTalk」で、その村で植樹した梅が見事に実をつけ桃より高値で売れたこと、加工して梅酒を作ったことを知って興味をもち、村長さんやみなさんはその後お元気ですか、と尋ねました。
 先生は少し間を置いて、「元気に暮らしているが、簡単なことではない。」とおっしゃいました。天候に左右されるばかりでなく、世界の流通状態でも値が変動し、今の状態が継続するとは限らないからです。

 危険と隣り合わせである地域で、ケシの代わりとなり、収入源となる作物を植える植樹活動。先生は、植樹祭の場所や行く先々にて笑顔で迎えられ、さらに私たちに説明や指示を出し、自分の頭と体とお金を使って汗を流すことがボランティアの原点である、とこれまでの活動を振り返っていました。今回は植樹祭に参加するという形ですが、活動を継続していくこと、という先生の「志」を深く心に刻み込むことができました。

 それから、感謝すべき嬉しい出来事のひとつに、植樹祭に参加していたタイの方から「マリ」というニックネームを付けてもらったことがあります。タイではお互いをニックネームで呼び合います。「マリ」はタイ語でジャスミン。ジャスミンぽい、という理由が何だか心地よく感じて、帰りの空港でジャスミンのボディクリームを購入しました。ジャスミンの穏やかな香りに包まれて思い出に浸りながら、次の機会は自分の力で、と思いを巡らせています。

田中さんチェンマイ植樹祭ボランティア 活動報告
 (I・S部 プラントシステム課 田中謙)

 エステムに入社したからには、海外ボランティアにぜひ参加させてほしい!これは、入社当初からの私の願いでしたが、なかなか機会に恵まれず、今回ようやく参加させていただくことになりました。感謝の気持ちでいっぱいです。今回私が年長者だったため、リーダーを拝命しましたが、自費参加で丸山部長と、エステムを引退された安杖さんが参加されたので、大変心強く感じました。

 初日の顔合わせ会では、自己紹介や、昨年の活動報告などがあり、梅林先生の思いも聞くことができました。参加者の方から、「ボランティアというと補助金をもらって活動することが多いが、全て自費で行うのが真の姿であるというのが梅林先生の考えだ」というお話があり、会社の費用負担で参加させていただいている我々には耳の痛い話でした。また、新たな取り組みとして、チェンマイ空港の周りを桜の木で埋め尽くすという、「さくらプロジェクト」を進めているということです。(どこかで聞いた名称ですね?)数年後にチェンマイ空港で満開の桜を見るのが楽しみです。

 七夕植樹祭ではクアンパーク村の小学校で式典を行い、七夕飾りに短冊と娘と折った象の折り紙を飾りました。子供たちは日本の「たなばたさま」を歌い、われわれはタイの「チャーン(ぞうさん)」を歌いました。小学校には僧侶の見習の子供たちがたくさんいましたが、やんちゃそうな感じがあり、一休さんを思い出しほのぼのしました。式典に退屈した子供たちがスマホをいじりだしたりして、子供はどこでも変わらないなーとさらにほのぼのしてしまいました。式典後、寄贈した苗を現地の人と一緒に植樹しました。午後は植物園に移動し、マナオ(タイのライム)の苗を植樹しました。今回は参加者が多かったのですが、エステムの人はたくさん植樹をさせてもらいました。ダンゴ虫は日本の3倍くらいの大きさです。

 その他にも、タイ北部の国境地帯からミャンマー、ラオスに渡ったり、日本向けの生姜漬を生産している工場を見学したり、ご飯もビールもおいしくいただき、ここには書ききれない様々な体験をさせていただきました。タイの人々の笑顔はとっても素敵でした。

武市さんチェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (碧南事業所 武市祥子)

 海外植林は実は2回目。以前は中国植林に行かせて頂きましたが、チェンマイの植樹祭にも参加したいと兼ねてより機会を伺っていました。念願叶って、今回長期の休みを頂いてこの植樹ツアーに参加させて頂けたことを深く感謝致します。
 タイ北部山岳地帯はかつてケシ栽培が行われていた地帯で、ケシに代わる換金作物をとの思いから、梅林正直先生が梅及びライム(マナオ)を寄贈・植樹する活動を続けてきました。その活動の一部にチェンマイ七夕植樹祭があり、今年で13回目となります。

 チェンマイ七夕植樹祭では、まずクアンパーク寺院学園にて笹の七夕飾りつけを行い、砂糖椰子400本を寄贈して植樹しました。タイの子供達が「たなばたさま」を歌ってくれてお返しに私達から「チャン(タイ語で象)」を歌いました。私達が「チャン」の歌を歌うと子供達が元気よく一緒に歌ってくれて、歌は世界に通じるなと感動した瞬間でした。その後、シリキット王妃植物園にマナオの苗50本を寄贈して、その他レモングラスの植樹も行いました。また、先生曰く、これから桜の木を5000本植樹するのが目標だとか。エステムでもSACRAプロジェクトが始動しておりますが、正に桜プロジェクト!今年2月に植樹した枝垂れ桜が開花したそうです。タイに一面の桜が見られる日が来るかもしれません。

 今回のツアーでは、新たに紅生姜や梅干しの生産をしているHCF社を訪問しました。特に紅生姜は日本向けに70%生産しており、某大手スーパーや牛丼チェーン店にも提供しているそうです。かつての山地民村落の土地(以前はケシを栽培していた)を利用して栽培しており、様々な民族を取りまとめて工場を稼動しているとの事。先生が植樹した梅も加工していく計画があるとの事で、今後が楽しみです。今回はツアー途中で誕生日を迎え、サプライズでお祝いして頂き、楽しく貴重な一週間を過ごすことができました。

武田さんチェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (環境調査センター 武田結実子)

 7月6日〜11日の約一週間、第13回チェンマイ七夕植樹祭に参加しました。七夕植樹祭を主宰する梅林先生は、ゴールデン・トライアングル(タイ・ミャンマー・ラオスの国境地帯のケシ栽培地)と呼ばれるタイ北部地方に、梅やマナオ(タイライム)等を植樹・寄贈する活動をしています。この活動は、貧困のためケシを栽培している方々に新たな生活基盤となる果樹苗を贈り、自立支援をすることを目的としています。植樹祭へ参加したことで、梅林先生の活動について知り、タイの文化に触れることができました。参加に際しご協力いただいた皆様、ありがとうございました。

 今回は2日目にクアンパーク村の学校に砂糖椰子を、シリキット王妃植物園にマナオとレモングラスを寄贈・植樹しました。記念植樹ということもあり私たちが植樹した木は数えるほどですが、クアンパーク村の学校で七夕飾りを飾ったり植樹をしたりする際に、学校の子供たちとお話しできたのが良かったです。子供たちはとても元気そうで、恥ずかしがりながらも近寄ってきてくれました。子供たちが学ぶため、13年前にタイ・台湾・日本のライオンズクラブのみなさんが増築した校舎はとても立派でした。今後も多くの子供たちがその学校で学び、成長してくれたらと思います。

 3日目はゴールデン・トライアングル地帯のホテルに泊まりました。ホテル周辺は静かなところで、夜になるとコンビニしか開いていないような場所です。しかし、以前はホテルの敷地を含めその一帯にもケシ畑が広がっていたと伺い、梅林先生の活動の成果を目の当たりにしました。当時子供たちはケシ畑で走り回って遊んでいたとのこと。そんな環境を変えようと尽力なさった梅林先生が行く先々でドクター・マナオと呼ばれ親しまれていることに、改めて納得する思いでした。

 梅林先生の活動について学べたこと、タイで多くの方に出会えたこと、タイの文化に触れられたこと、おいしいマナオを食べられたこと。植樹祭に参加して得たものはとても多くあります。本当にありがとうございました。

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タイ・チェンマイ植林2012
 2006年より毎年、三重大学名誉教授の梅林先生が主催される「チェンマイ七夕植樹祭」に社員を派遣しています。2012年は7/7〜7/13の間、4名の社員が植樹活動に参加しました。今後も海外での植樹活動を継続していきます。それでは参加者の感想をどうぞ!

安杖さんチェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (上下水道部 田原事業所 安杖達也)

   7月7日から一週間、タイでの植樹祭に参加させて頂き色々なことを見聞きしたが、一番印象に残ったことは、Dr.マナオこと梅林先生の溌剌とした御様子であった。先生のタイにおける植樹活動は知っていたが、御本人にお会いするのは約40年振り。こちらが爺になっているのだから、梅林先生はもう相当に・・・という想像はあっさりと裏切られた 。
 御年79歳で、昨年脳梗塞を患われた後の復活の一端を少し披露させて頂くと、@舞台のディレクターのように、ツアー全行程において細かな指示を出してみえた。頭がクルクル回転している。A食欲旺盛。当然食べ物のバランスは考えてみえるが、兎に角ムシャムシャと召し上がる。それでいてスリムである。きっと脳でのエネルギー消費量が多いと想像した。付け加えておくと、食事の際には必ず、先生がタイに広めたマナオを食されていた。
 もう一つ、プロポリスが体に良いと考え、40年前からパンに垂らして摂取して見える(こんな光景初めてみた)。B声に張りがあり良く通る、良く笑う。中学校での七夕祭りの際は、マイクなしでスピーチされたが、30m程後ろからでもハッキリ聴き取れた。Bギャンブルがお好きで、他国を訪問する際は、必ずカジノでプレーをされるとのこと。 集中力と脳細胞の活性化をしながら気分転換を計ってみえるように思えた。実は帰りの空港で先生から賭けを挑まれた。結果はまだ出ていないが、多分私が勝って3千バーツ頂きになるであろう。

 梅林先生だけではなく、今回参加された皆さん、どの方からも「ナイス」という印象を得た。タイで日本米を栽培、普及させようとしている女性、蛍の保護繁殖に頑張る男性、梅林先生の活動に共感して「サクラ」植樹のアイデアを出し、今回実践した三重県の方々。メーホンソンでは5年前からボランティアで日本語を教えている女性にもお会いした。
 このツアーでお会いした方の殆どが私より年上であったが、皆さん生き生きとしてみえた。人生の区切りがすぐ目の前に迫っている私にとって、梅林先生や「ナイス」な方々との交流は大変有り難い出来事であった。こうした機会を与えて頂いたエステムに御礼申し上げる。有り難うございました。

泉さん第12回チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (長久手営業所 泉寛洋)

 入社して早4年、海外植林へ参加できるようになり、今回チェンマイ七夕植樹祭に参加させていただきました。海外へ行くのは2回目、タイは初ということで、期待と緊張が織り交ざっていましたが、梅林先生を始め、参加している方は皆さん優しく、とても個性的ですぐに打ち解けることができました。

 この時期タイは雨季にあたりますが、行程中1度もスコールに襲われることがないという幸運に恵まれました。2日目、チェンマイの小学校での植樹祭では、子供達が『七夕さま』を日本語で歌い、僕達はお返しに『チャン(象)』をタイ語で歌いました。子供達と笹に短冊や飾りをつけ、植樹をしながら片言のタイ語で話ができて楽しかったです。午後は植物園でさらに植樹をし、夕食はタイ式のレストランでいただき、夕食後にはナイトバザールを練り歩いて楽しみました。

 3日目はバスでスコータイへ移動、遺跡群を見学し、4日目はスコータイの植物園で植樹をしました。この植物園は計画が始まった3年前は一面土ばかりの土地だったそうですが、植樹の効果か、草木の茂った土地へと変わっていました。夕食後、ホテル近辺でほたる狩りへ行きました。そこは街の光がほとんど届かない静かな場所で、見上げた夜空は星が降るようでした。音に反応して近寄ってくるヒメボタルを、みんなで手を叩きながら追いかけ、日本で見るゲンジボタルとはまた違うホタルの光に魅了されました。

 5日目はスコータイからバスでチェンマイへ戻り、人生初となるプロペラ飛行機に乗り込みメーホンソンへと向かいました。6日目はクンユアム中・高等学校ウィタヤ校に訪問しました。日本語クラブもある学校で、何人かは浴衣を着て迎えてくれました。それぞれの国の歌を歌い合い、一緒に歌い、七夕植樹祭を楽しみ、植樹もしっかりと行いました。

今回植樹祭に参加させていただき、人と人の繋がりと、一つの生きがいを追い続ける素晴らしさを実感する事ができました。梅林先生や植樹祭に関わった方達、タイで出会った人達とまた会えることを期待して、これからも国内育林、海外植林に参加していきます。

福家さん平成24年度チェンマイ七夕植樹採算化報告
 (総務部 福家志帆)

 七夕植樹祭は梅林先生を中心とするボランティアの方々が、チェンマイ等のタイ北部にて毎年行っており、今年で12回目を迎えます。実のなる木を村へ寄贈する活動です。長期のお休みをいただきこの植樹祭旅行に参加させていただきまして、ありがとうございました。この旅行で印象に残った場面が2つあります。

 1つめは、中高等学校で行われた植樹祭での出来事です。旅行参加者の方が鉛筆をプレゼントに持って来ていたので、植樹祭に参加してくれた生徒全員に配りました。鉛筆を配り終えて、鉛筆が入っていたプラスチックケースを片付けていると、生徒の1人が側に来てケースを指差しました。これ?と言って差し出すと、生徒はケースを受け取り、大切そうに抱えました。タイ山間部の小さな村も、想像以上に栄えているように見えました。正直なところ私は鉛筆を配りながら、鉛筆を使ってくれるのだろうか、皆シャープペンシルを使っているのではないかと心配していました。しかし、私にはゴミに見えたプラスチックケースが大切なものになるという貧しさもありました。今回、私たちを招いて下さった中高等学校の先生からも、ケースは使うから全て置いていってほしいと言われました。自分より貧しいという状況に直接対面したのは初めてでした。

 2つめは、戦死者の慰霊碑を訪れた時の出来事です。旅行参加者のおじいちゃんが、慰霊碑に「正露丸」を供えていました。タイの山奥でお腹を壊した兵隊が沢山いたからと言って、正露丸を一粒一粒置く姿を見て、戦争を知る世代と知らない世代の違いを感じました。大戦時に日本兵の滞在地となった村には、沢山の日本兵が眠っているそうです。安らかに眠ってほしいという気持ちはあっても、友人を思いやるように胃薬を供える気持ちはありませんでした。戦争を他人事のように感じているのだと気付かされました。

 この旅行は一般のツアーと異なり、沢山の現地の方と話す機会がありました。学校の先生、生徒、植樹を手伝って下さった方々等、皆さんにこやかに話しかけてくれましたが、半分も理解できませんでした。今まで言葉が通じなくても何とかなると思っていましたが、礼儀として言葉は知っておかなくてはいけないと思いました。このボランティア活動は植樹祭への参加ということで、汗水流して働く訳ではありません。しかし、ただ寄贈するのではなく、訪れることに意味があるのだと現地の皆さんの歓迎を受けて感じました。12年間続いたのは、梅林先生と先生を尊敬しているボランティアの方々の熱意があったからです。その熱意が12年続いたことで、現在のような歓迎を受ける関係になったのだと思います。寄贈を受けることで村が潤うか否かが問題でなくなっても、タイと日本の交流のために、この活動がいつまでも続くことを願います。

山田さん第12回 チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (環境調査センター 山田容子)

 海外植林めっちゃ良かったよ〜!!」去年、海外植林のメンバーだった同期達からの口コミで来年こそはと決意してから早1年、見事に今年は第12回チェンマイ七夕植樹祭のメンバーに選ばれる事が出来ました。めったに行かない海外に緊張していましたが植樹祭のメンバーも現地で迎えて下さった方々も親切で、大きなトラブルもなく過ごすことが出来ました。(小さなトラブルは多々有り。いい経験になりました。)

 植樹はタイ北部にあたるクアンパーク寺院学園、シリキット王妃植物園、プラメヤスコータイ植物園、クンユアム中・高等学校、クンユアム戦争記念博物館の計5か所で行いました。

 例年、梅やマナオ、砂糖椰子などを植樹しているそうですが、今年は、初めての試みで日本から桜の苗木を持ち込み(とても苦労して持ち込まれたそうです。)プラメヤスコータイ植物園に植樹しました。寒暖の差が少ないタイでは桜は育てるのが難しいそうですが、難しいという事は逆に珍しいという事なので立派に花を咲かせ植物園の名物になれば良いなと思いました。

 クンユアム中・高等学校ではすでに砂糖椰子やマナオが一部植樹されていて、晴天のせいかちょっと元気がありませんでした。その光景を見た植樹祭のメンバー(元庭師の方)が自然に学生たちに正しい植樹の仕方(ドーナツ型に土手を作り水たまりが出来るくらい水をやる。)を教えていました。熱心に耳を傾け実際に植樹をしている学生たちの姿を見て、私も何か教えることができるものを身に着けたいと思いました。

 植樹祭を通してたくさんの現地の方々と交流を持つことができました。もちろん主に使われている言語はタイ語ですが、次の会話の手段は英語でした。英語が話せるともっと色んな人と出会う事が出来、友達になれるのだと実感しました。とくにクアンパーク寺院学園、クンユアム中・高等学校の学生たちは熱心に日本語を学び、とても流暢な日本語で話しかけてくれました。真摯に日本に目を向けてくれている姿を見て、私ももっと海外に目を向けてみようという気持ちになりました。

 自分の力だけでは体験できない事をさせてもらって、たくさんの刺激を受けました。このような機会を与えていただき本当にありがとうございました。
 ちなみに、タイ人で日本語学科の先生にタイ語で「ようこ」という名前のスペルを教えてもらって書けるようになったのが自慢です。

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中国植林2011
 1996年から中国内蒙古自治区クブチ沙漠での植林事業、「緑の協力隊」に参加しています。
 2011年は8/4〜8/11の間、エステムからは5名の社員が植林活動に参加しました。

塩崎さん中国植林に参加して
 (環境ソリューション部 塩崎敦子)

   『いつかは、中国植林!』と思い続けながら、なかなか踏ん切りがつかなかったここ数年の私だったが、勤続20年の区切りの年に思い切って参加させてもらった。

 初日に降り立った北京は太陽は出ているのに全体的にソフトフォーカス。これこそが本場中国の黄砂なのか?じゃぁ、恩格貝はどれだけかすんでるんだ?と思いつつ、寝台列車で包頭へ、そして黄河を渡り恩格貝へと向かった。しかし、たどりついた恩格貝の空は青く澄み切っており、にっくき沙漠も果てしなく広がり、言葉がないほど美しい。ゴミ一つ、人工物一つないその空間は、音もなく、黙って座っていると自分の存在が砂の中に吸い込まれていきそうな気持ちになるなんとも不思議な空間だった。

その果てしなく砂だらけの空間に、細くてかよわいポプラをほんの800本ばかり植える。それが、今回の私達に課された使命。『なんてちっぽけなんだ!』と思うかもしれない。確かにちっぽけな成果だと思う。現地の植林活動も、中心となるのは春に行われる何万本という植林であって、この時期に行われる私達の植林活動は、言ってみれば体験植林のようなものなのだから。だとすれば、私達に課された真の使命は『沙漠で感じた危機感と植林をし続けることの大切さを1人でも多くの人に語り伝えること』なのではないか?それこそが、エステム経営理念にも謳われている『環境文化の創造を通じた社会への貢献』につながるのではないか?と自問自答しながらの旅だった。同じようにちっぽけな成果になるかもしれないが、これからは周りの人の心の中に『環境保全をし続ける強い気持ち』という木を1本1本植えていこうと思う。

 ところで全く関係ないが、いくら近代化したとは言え中国のトイレ事情はまだまだ日本とは格段の差がある。トイレ環境は割と人の心にダイレクトに影響する気がする。セントレアのトイレの清潔さ、美しさを見て日本に帰ってきたことをしみじみと感じ、安堵したものだ。この素晴らしいトイレ環境を守っている我社の仕事は、十分に人に誇れる仕事だと実感した旅でもあった。

上園さん『ポプラの森』第8次隊!中国植林に参加して
 (環境調査センター 上園史子)

 『ポプラの森』第8次隊として、沙漠のメッカであるクブチ沙漠にて植林活動をしてきました。天候も良好で、太陽がこれでもか!というくらいに燦々とふりそそぐ中、熱中症患者が出現することもなく無事に800本みんなで力を合わせて植えてきました。この時期(8月)に植林をしても根付く確率が1割程度ということなので、自分が植えたポプラの木が生き残るか不安ではありますが、スコップの長さ+こぶし2個分の穴を丁寧に掘り植えてきました。

たまに参加している会社の国内植林ではいつも下草刈や、間引きを中心にやっているせいか3時間程度のポプラの剪定時間は少し物足りなく感じました。他にも雑用はたくさんあっただろうに・・・。たいがい観光客扱いでしたね。(笑)

中国での日常生活は想像していたよりも快適で、中国に入国してから水を最初の1本を買うまでに勇気がいったものの一度買って飲んでしまえば平気なものでした。500mlの水が日本円で30円〜75円ぐらいで、味は少々硬水なので最初は違和感がありましたが、三日目ぐらいには慣れてしまいました。ご飯も日本人の口に合うように辛さが調整されていたのか、辛い物は8日の間に数えるほどしか出てきませんでした。

 中国語のほうはというと、愛知大学からのツアーの参加者に現代中国語課の学生さんがたくさんいて、みんな日常会話はマスターしているようで、時折通訳してもらいました。簡単な中国語の参考書を見たり、学生に習ったりしながらなんとなく買い物の時などに中国語で質問していると、最初のうちは通じにくかった言葉が次第に通じやすくなっていったように思いました。こういった体験をすると、言語を習得するにはある程度基礎を日本で習得した後はその土地に赴いて実践が一番だなと痛感しました。 

今回の旅行では全員無事に帰還することができました。これも旅行の手続きをしてくれた本間さんや、旅行に行っていた間仕事をしてくれていたチームみんなのおかげです。ありがとうございました。

安次嶺さん中国植林に参加して
    (環境調査センター 安次嶺典子)

 海外が初めての経験だったので、少しだけ不安でしたが、食事もビールもおいしく、気候も思っていたより涼しくて良かったです。

私たちは、クブチ沙漠でポプラの苗を植たり、育ったポプラの剪定をしました。
ポプラの苗を植える作業は1m以上の穴を掘り、そこに苗を植えます。深く掘らないと根が水分を吸収できずに枯れてしまうためです。

クブチ沙漠の表面はサラサラしていて水分など全くありませんが、近くに川が流れているので少し掘ってみると水分を含んだ砂がでてきます。当然ですが、木が育つような土地に植林していることを実感し、同時にこの土地も人間の生活によって沙漠化した土地なのだと感じました。

「ポプラの森」の活動は単に沙漠に森をつくるというより、人間によって失われた森を再生する活動です。この活動は着実に緑を取り戻しており、恩格貝の20年前の写真を見ればあきらかです。沙漠博物館で現在の恩格貝との比較写真を見たのですが、その変化に驚きました。立派な森が再生しており、一緒に参加した現地の大学生は「ここは日本人が起こした奇跡だよ」と言っていました。

遠山先生から始まったこの緑化活動はほんとにすばらしく貴重な体験ができました。中国語と歴史や文化もしっかり勉強してまた参加する予定です。ありがとうございました。

元井さん緑の協力隊に参加して
   (エステム三重 元井美穂)

 今回は愛知大学緑の協力隊「ポプラの森」第8次隊として参加させていただきました。私たちが過ごした内モンゴルの恩格貝はクブチ沙漠の中にあって多くの緑に囲まれており、とても20年前は沙漠だったとは信じられませんでした。「人の手で沙漠にしてしまったところは緑化できるんだ」という強い意志の元、遠山先生の活動に賛同したたくさんの方々の努力が伝わってきました。

沙漠での植林は想像以上に過酷なものでした。沙漠の砂は掘っても掘っても乾いた砂が横から落ちてきてしまい、すぐに埋まってしまいます。植えやすいよう、前もって水をかけて砂を湿らせるという作業をしてくださっているのは、現地で働くボランティアの方々です。「木を植える」という作業は緑化活動のほんの一部でしかなく、その背後には苗を育て、道具を運び、遠くから水をひいて一本一本散水するなど、とても重要で過酷な作業がたくさんあるのです。それを目の当たりにしてからは、「ボランティアで沙漠に木を植えに来た」ではなく、「沙漠の緑化活動のお手伝いをさせていただきに来た」という気持ちで取り組むことができました。今後も緑化が進められ、さらに大きな森になった恩格貝をいつか見に行きたいです。

今回は沙漠での植林活動に加え、北京や内モンゴルでの観光もさせていただきました。全日程を通して痛感したことは「水」の大切さです。特にモンゴルではトイレの洗浄水が一滴も出ないという場面は珍しくありませんでした。沙漠でなくても資源の枯渇が深刻化している今、とても他人事とは思えない状況でした。それを肌で感じられたことで、改めて社会における自分の仕事の意味や必要性を実感することができました。最後に、社内外問わず今回お世話になったすべての方々に心から感謝申し上げます。とても貴重な経験ができました。

米良さん緑の協力隊に参加して
   (安城営業所 米良倫彦)

 今回の第8次緑の協力隊に参加して、もっとも強く感じたのは一歩一歩進んでいくことの大切さと、その一歩一歩を積み重ねていった結果の大きさです。広大な沙漠に木を一本一本人の手で植えていく。まさに気の遠くなるようなことを遠山先生は始められ、やがて多くの人が動き出し、中国政府まで巻き込むことができたその力。これまで話には聞いていましたが、実際に現場である恩格貝の沙漠を見て、その砂丘の大きさ、広さ、乾燥と暑さを体験し、それでも木を植え続けた遠山先生の偉業には、心から頭の下がる思いでした。

もうひとつ、先生が植林だけにとどまらず、農地の開発や観光開発も視野に入れた沙漠開発という言葉を使っていたことに感銘を受けました。ただ表面的に木を植えるだけでなく、沙漠化が起きるその根本的な原因、地域の貧困、をなくしていくこと。これが緑化活動を成功させるために必要なことだと学びました。沙漠に木を植え、砂を止めて農業をできるようにする。農業ができて現地の人に余裕ができてくれば、緑化活動が自分たちを経済的にも豊かにしてくれるということが分かり、よりいっそうの協力が得られます。特にまだ環境意識の低い中国では、経済が動かなければ人は動かず、逆に経済を動かせば人も動き、活動を軌道に乗せることができるのだと感じました。これは植林だけでなく他の活動にも言えることだと思います。例えば水環境を良くしようとする場合、その活動が周辺住民にとって経済的に利益になるものでなければ長続きはしないだろうと思います。逆に水をきれいにすることでお金を儲けることができるという仕組みをつくれば、協力を得られることもできるのではないかというヒントを頂きました。

最後に、今回の植林活動で実際に活動したのは1.5日だけで、800本のポプラを植えましたが、本当に大変なのはこれから水をやり、枝を剪定し、枯れたところには再度補植していく、現地のスタッフの方々なのだと思います。日々の育林に深く感謝致します。

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タイ・チェンマイ植林2011
 2006年より毎年、三重大学名誉教授の梅林先生が主催される「チェンマイ七夕植樹祭」に社員を派遣しています。2011年は7/9〜7/13の間、3名の社員が植樹活動に参加しました。今後も海外での植樹活動を継続していきます。それでは参加者の感想をどうぞ!

タイ・チェンマイ七夕植樹祭参加報告
    (上下水道部 加藤和昭)

7月9日(土)〜7月13日(水) 5日間の旅程でチェンマイ植樹祭にエステム隊3名(篠原、後藤、小生)参加。

今回の参加者は総勢42名(日本から18名、現地・チェンマイ7名)更にライオンズクラブ・チェンマイ支部15名と日本総領事/柴田夫妻であった。

7月10日
AM8:00〜 ホテルのロビーにおいて、植樹祭参加者による結団式を実施。 その後、クァンパーク村の植樹祭に参加し、参加者(42名)と地元小学生と共同で砂糖椰子の苗を植樹。

更に、1時間30分ほどかけ、魔のゴールデントライアングルへ移動し、近くのレストランで昼食。この際、柴田総領事と合い席になり、タイの歴史、ゴールデントライアングルの歴史、さらにこの地方の食文化についてお話を伺った。しかし、食事の味付けがとても辛く、小生は食べることができなかったことが残念だった。

食事の後は、2時間ほどかけ、クイーンシリキット植物園に移動した。植物園では、2箇所にマナオの苗木を植樹した。 その後、園内のハウス内にある珍しい蓮の花、原種に近いランの花などを見学。 ホタル観察は、夕方に激しいスコールがあり中止。

7月11日
また、5時間ほど掛け、バスでチェンマイに戻り、どちらも仏教遺跡であるサワンカローク、スコータイ遺跡群を見学。 スコータイはクメール人を追放し、西暦1238年に初めての独立王国を建国したころの仏教寺院遺跡である。

7月12日
8:30頃、ホテルを出発し、スコータイ植物園に移動。マナオの苗木と砂糖椰子の苗木贈呈と植樹。 ターク川沿いのレストランで昼食。昼食の後、地元ライオンズクラブの方々とは最後のお別れをした後、やはり5時間ほど掛けチェンマイ空港に移動し、空港近くのレストランで食事。

20:50頃の飛行機でバンコク空港に移動。最終的に名古屋に戻るメンバーは9名であった。(エステム3名、ライオンズ三重支店2名、三重大OB3名、事務局1名)

今回は、第11回目の植樹祭である。計画途中で、主催の三重大学名誉教授/梅林先生が突然脳梗塞を発症され、一旦は中止となったが、今回の事務局を担当された石崎さんを始めとする関係者の努力により、内容を一部変更して実施された。

石崎さんは梅林先生の従弟にあたる方で、現在72歳。植樹祭参加は10回目のベテランである。 今回の活動が無事に終了できたのは、献身的な石崎さんの努力の賜物と心から感謝したい。小生は海外ボランティアは最初であるが、苗木の寄贈だけではなく、本当に苗木を3箇所で約10本植樹することが出来た。

また、今回ライオンズクラブ津西支部が参加し、これに呼応して現地のライオンズクラブも参加して頂き、今回のチェンマイ七夕植樹祭は大いに盛り上がった。
今後も植樹という活動を継続実施して頂くよう、岡田会長に改めてお願いした。

最後に、先生の崇高な偉業を称えると伴に、今後とも社員の派遣を継続して頂く様、ぜひとも会社にお願いしたい。

チェンマイ七夕植樹祭に参加して
    (小牧営業所 篠原拓志)

梅林正直三重大学名誉教授が企画されている、チェンマイ七夕植樹祭に参加させて頂きました。七夕植樹祭も今回で11回目となりました。しかし、今回は梅林先生が体調を崩されて参加できなくなり、お会いできなかったことが非常に残念でした。

植樹祭ですが、クアンパーク村、クイーンシリキット植物園、スコータイ植物園でマナオの苗木など植えたり、贈呈をしたりしました。苗木を植えながら、タイの土が日本の土と比べてとても硬くて、こんな土でも育つ植物にとても驚きました。そうそう、苗木を植えている時にダンゴ虫が、大きさはなんと串団子ぐらい、ミミズももちろんビッグサイズでした。

クイーンシリキット植物園は、来年9月の開園に向けて、色々な物が建設途中でした。その建設途中の一つに日本盆栽館がありました。今は、まだ建物しかなかったですが、来年9月には日本庭園などが出来たり、建物の中には盆栽などが飾られたりするそうです。開園したら、何もなかった土地が、どのように変わったのか、見てみたいなと思いました。あと、自分達のネームが付いた苗木が無事育っているかどうかとても不安です。

今回の七夕植樹祭では、日本の良さを発見する(日本食が一番!)など、国内に居たら経験できない様々な貴重な体験を沢山できました。ありがとうございました。

タイ七夕植樹祭に参加して
    (豊田事業所 後藤那月)

 今年は、私を含む3名が7月9日(土)〜13日(水)の日程で、参加してきました。

 タイ北部はかつて麻薬取引が行われケシ栽培が盛んでしたが、麻薬が栽培厳禁となったため、三重大学 梅林正直名誉教授がケシの代わりに梅やマナオ(ライムに似た果物)等の実のなる木を植えるボランティアを始められました。先生は個人で訪タイを繰り返し、梅やマナオを約4万本(平成22現在)寄贈・植樹されてきました。このボランティア活動の一部で毎年7月に行われているのが七夕植樹祭ツアーです。

 ただし、今年は例年と大きく様子が変わってしまいました。このツアーには欠かせない存在の梅林教授が体調を崩され、ツアーは1度中止になりました。その後、先生不在でもと名乗り出た方がおり、日程短縮で決行されました。行程はチェンマイのライオンズクラブの方々が主体になって組んで下さり、行程2日目には日本総領事ご夫妻も同行されるものになりました。
ボランティア活動は、毎年恒例のチェンマイ北部にあるクアンパーク寺院学園・村で子供たちと一緒に七夕飾りをし、童謡を歌い、ヤシの木の贈呈・植樹をしました。どこの国でも子供達の元気は一緒で、みんな楽しそうでした。次に、チェンマイの植物園内でマナオを植樹しました。
別の日には、かつて王朝のあったスコータイという都市に移動し、そこで建設中の植物園でヤシの木を植樹しました。この植物園の企画の一部に梅林先生が携わっており、私たち参加者は記念植樹をさせて頂きました。ここに先生がいらっしゃらなかったのは本当に残念です。
先生ご不在の状況であっても、先生の考えに共感し、慕う人達がいたからこそ今年の植樹祭は無事に終えられました。先生お一人で始められた活動が多くの人に支えられる形にまで広がることはとても素晴らしい事だと思います。来年は先生も参加され、今後益々活動が発展していくことを願います。来年以降もエステム社員はツアーに参加させて頂くことになると思いますが、私も何らかの形で協賛できればいいと思います。

 タイは仏教徒が大半を占め、「他人に親切にすることは自分のためになる」という考えが浸透しています。出会った方々は皆本当に親切で笑顔が絶えず、心が温まりました。又、スコータイの遺跡群・街中の寺院等の建造物は立派で素晴らしく、郊外は緑が溢れており、いつかまた必ず訪れてみたいと思う、そんな国でした。

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タイ・チェンマイ植林2010
 2006年より毎年、三重大学名誉教授の梅林先生が主催される「チェンマイ七夕植樹祭」に社員を派遣しています。2010年は7/3〜7/8の間、4名の社員が植樹活動に参加しました。今後も海外での植樹活動を継続していきます。それでは参加者の感想をどうぞ!

丸山さんチェンマイ植樹に参加して
    (環境品質管理室/環境研究所 丸山武夫)

 7月3日(土)から7月8日(木)の6日間、三重大学名誉教授の梅林正直氏が取り組んでいるチェンマイを中心としたタイ北部の集落での植樹に参加した。
 今回はチェンマイの僧侶学校へ1,077本、チェンマイの西のメーホンソンから車で1時間ほどのクンユアム中・高等学校へ100本、メーホンソンから1.5時間のメーラナー住民に130本(各戸に1本ずつ)、同小中学校に20本、合計1,327本の苗木を提供した。しかし今回のツアーメンバーが実際に植樹を行ったのはこのうち100本ほどである。
 タイの4・5月は乾期に当たり例年かなり暑い日が続くが、今年は例年以上の高温が続き、残念なことに昨年植えたマナオの苗木の多くが枯れてしまっていたが、メーラナーで住民に1本ずつ贈呈された物は各家で丁寧に管理されしっかり根付いている。個人の所有物は手入れをするが、共有の物は適当というのはやや残念だった。
 現在マナオの価格は数年前の100倍ほどに値上がりをしているとのこと。2日目の昼食会場のレストランでは高すぎるマナオに手が出ず、メニューにレモン(ライム)ジュースがあるにもかかわらず、最近は仕入れが出来ないほどであるとか。

 今回で10年目となる植樹事業だが、中国クブチ沙漠での植林とは内容も目指すところも大きく異なる。
 クブチ沙漠での植林は組織が出来上がっていて、かなりシステマチックに事業が進んでいる。さらに実際に沙漠で相当数の植林をおこなう作業があり、参加者の大半は若い学生で、その地域の自然環境を昔の緑に作り変えようというもの。
 他方、今回の植樹はあくまでもセレモニーであり、実際に植えた数は数本だけであり自然環境ではなく、人の生活を変える支援をしようというもの。事業開始当初からの協力者はいるものの、どこまでも梅林名誉教授と個人的に関わりを持つ人たちによる支援であり、かなり個人的な生活支援事業であることが伺われた。
 ツアー参加者は、タイ北部の山間に住む貧しい住民達の生活を変える支援したいという梅林氏の行為に同調しているだけではなく、氏の学究に係わる人脈にも引かれて参加している様子も伺えた。

 梅林氏は、マナオの提供事業は今回で終わりとし、来年からは後継者に引き継ぎたいとの意志を示している。後継者は指名されているが、来年は少し違った形で事業が行われることになるのかもしれない。

白鳥さんタイチェンマイ七夕植樹祭に参加して
             (エステム三重 白鳥 達也)

 今回のチェンマイ七夕植樹祭に参加して本当にすばらしい経験をさせていただきました。それは普通の観光旅行では決して経験できないものですし、本やTVなどで得た知識とは違い、自分の目で見てくることに意義があったと思います。ここにはすべては書ききれませんが、特に印象に残った事を書きたいと思います。
 今回の植樹祭は第10回目ということと、企画してくださった梅林先生が77歳になられるということで合計1077本のマナオの木を寄贈・植樹するボランティア活動でした。残念なことに今年の3月〜5月にかけてタイ北部では日照りが続き、降水量が少なかった為、昨年植樹したマナオの木の多くが枯れてしまったとの事でした。自然豊かなタイの山奥でも地球温暖化の影響が少なからずあるのかと思うと本当に危機感を覚えます。
 植樹は主にクアンパーク寺院・クンユアムの学校・メーラナー村の三箇所で行いました。中でもクンユアムの学校とメーラナー村はタイの中でも最北西部に位置し、いわゆる「田舎」です。また、学校内の飲料水は飲むのに1バーツお金を払わないと飲めないようになっており、日本の水の豊かさを実感しました。日本では水も物も簡単に手に入れることはできますが、ここではそれを手に入れるために大変な苦労をしなくてはいけません。しかし、子供達はそんなものがなくても、とても元気に目を輝かせ、一緒に木を植え、一緒に笑うことができます。そんな姿を見ていると、本当に大切なものは何なのかを気づかさせてくれます。
 また、直接今回の植樹際とは関係ありませんが、クンユアムの旧日本兵博物館に訪れた時に、みんなで歌った「夕やけこやけ」がとても印象的でした。私も、私の親も戦争は経験していませんが、当時起こった事を正しく受け止め、次世代に伝えていく義務はあるのではないでしょうか。
 最後に、今回の活動は日々忙しく、忘れがちになっている大切なものを思い出させてくれた非常に有意義なものでした。協力していただいた会社のみなさんはもちろん、現地でお世話になったすべての人たちに感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

岸下さんチェンマイ七夕植樹祭ツアーに参加して
             (碧南事業所 岸下千佳子)

 今回、記念すべき10回目を迎えるこのツアーに、エステムからの4名を含め、日本から16名参加しました。10回目の七夕ということで、チェンマイのクアンパーク寺院学園へ1,077本のマナオを寄贈・植樹、そして、クンユアム中高等学校へ100本、メーラナー村へ150本寄贈しました。連日、好天には恵まれたけれど、日差しが強く暑い。汗をかきながら地元の子供たちと一緒にマナオの苗木を植える。子供たちの笑顔とキラキラした瞳が印象的で、「言葉は解らなくても、気持ちは通じる!」そう感じました。
植樹をしても、旱魃で多くの木々が枯れてしまう。そんな環境で、一本でも多く根付いて実が成ってくれればいいと思います。
梅林先生は、「黄金の三角地帯」とも言われる地域・タイ北部の山岳民族村で、ケシの栽培に替わる実の成る木、梅やマナオを植えるボランティアを一人で始めて15年になるそうです。「植樹した木が、その後どうなったとか、結果を求めてはいけない」というお言葉。植樹ボランティアの真髄に少し触れたような気がします。
クンユアム中高等学校で、二人の日本人教師のお話を聞きました。日本語を教えていらっしゃる桑原先生からは、生徒たちに対する情熱が伝わってきます。
井原先生は、昔負傷した日本兵を助けた村の人々に、何か自分に出来ることはないかと思いって、そろばんを教えておられるそうです。
 チェンマイの旧日本兵の慰霊、そして、クンユアムの戦争博物館見学し、慰霊碑の前で「夕焼け小焼け」を歌った時は、本で読んだビルマ戦線の話と、子供の頃聞いた祖父の事を思い出して、胸が熱くなりました。
このツアーで、山岳民族の人々の暮らしと、植樹と、ボランティアの関わりを実際に見て、感じることが出来ました。そして、「私には何が出来るの?」と自分に問いかける機会を与えて貰いました。

中村さん七夕植樹祭
             (長久手営業所設楽事務所 中村太郎)

 今回三重大学名誉教授である梅林先生が行っているタイでの植樹に参加させて頂きました。
 タイでは村や学校へマナオ(ライム)の木を寄贈し現地の学生や地域の方々と植えるというものでした。
 植樹を通して地域の方々や学生さんとのふれあいの中で日本がいかに貧しい国か、発展途上国は豊かな国なのかという事を考えさせられました。日本はもちろん物資や技術、生活の面において豊かな国であることは確かなのですが人間性や優しさ、日々を楽しく過ごす又は生きると言うことについては貧しい国であると思いました。
 自分が接したタイの人々の目は皆輝いて見えました。日本では子供でも大人びてきており同年代の友達とコミュニケーションが取れない、取り辛い等があると聞きます。また、近所の小・中学生を見ても子供らしさが少なくなっている様に感じられます。その点、タイで出会った学生さん達は生き生きとし、毎日を楽しそうに過ごしているように見え日本語を習っている生徒さんも自分に吸収できるものをアグレッシブに取り込もうと頑張っていました。
 日本は利益主義になり、教育も学力面ばかり気にする時代だと自分は思います。その為、人間性や優しさが学力よりも低下し子供でも親を平気で殺す様な世の中になって来ました。先進国であるにも係わらず、人間的にはまだまだ発展途上の国だと思います。人間性や優しさの教育は発展途上国を見習うべきではないかと今回タイへ行き現地の方々と触れあう事で考えられるようになりました。
 これから国を支えて行くであろう自分達世代は、どんどん海外で見聞を広め広い視野で物事を見られる目を養わなければなりません。自分もそうですが生活の中でこれは当たり前だと思うことも違う生活を送る人々にとっては特別である事も多いと思いますが、実際にその事に触れるまで当たり前という概念は崩せないと思いました。学校に行って勉強ができる環境が当たり前ではない土地で日本人よりも遙かに人間性が豊かで優しさに溢れた人々に接する事ができ色々な考え方がまだまだ主観的ですができるようになりました。
 自分にとっては今回のツアーは人生において大きな糧になったと思います。梅林先生、ツアーに参加されていた方々にも大変お世話になり楽しく過ごすことができると共に良い勉強になりました。この機会を与えて頂いた事、行動を共にし刺激を与えて下さった方々へ感謝致します。

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タイ・チェンマイ植林2009
 2009年7月4日〜9日にエステムより2名派遣し、植林活動に参加しました。今後も海外での植林活動を継続していきます。それでは参加者の感想をどうぞ!

伊藤部長チェンマイ七夕植樹祭に参加してきました
    (リーダー 第2ブロック 伊藤富則)

 三重大学名誉教授 梅林正直先生が主催している「第9回チェンマイ七夕植樹祭」へ参加してきました。「ゴールデントライアングルのケシの実栽培からケシに代わる換金作物を」との思いから、梅林先生が始められた植樹ボランティアです。エステムからの参加は5回目となります。
今回の参加者は、新型インフルエンザ、経済危機、タイの情勢不安などの影響からか、いつもの半分程度になっていたようです。そのためか移動のバスは広々ゆったりでしたが・・・
そんな中での出発でしたが、特にトラブルらしいこともなく、普通のツアーでは絶対味わえない楽しい時間を過ごすことが出来ました。

 今回はタイ国内の3箇所で植樹。これまでのツアーより植樹の回数を増やしています。
今回の植樹は全てマナオ(タイのライム)で、タイ料理には欠かせないアイテム。だから売れる?
チェンマイのクアンパーク寺院では毎年恒例の七夕植樹。今年は977本を寄贈しました。毎年100本ずつ本数を増やしていますが、七夕の7月7日に絡み、下2桁の77の数字だけは変えられないと梅林先生はおっしゃっていました。タイの空に願いを込めて、事前に準備しておいた短冊を吊し、タイのライオンズクラブの方も参加して盛大に行われました。

 今回の新しい試みとして、まずはタイの北西部メーホンソンのクンユアム中高学校で200本のマナオを寄贈しました。そして植樹と七夕飾り、全校生徒が出迎えてくれ歌での交流などをおこないました。この中学校には日本人の女性ボランティアが日本語を教えていました。その甲斐あってか日本語の歌や日本語での祝辞も上手かったです。
 次のメーラナー村は、メーホンソン県の最北部に位置する村で、165戸700人の住む自然豊かな村でした。村の寺院、学校周りでの植樹と各世帯にマナオの樹を300本寄贈しました。お礼にと、地元の子供達がきれいな衣装で踊りを披露してくれ、村長の家で食事をご馳走になりました。参加者全員が、「この食事が一番おいしい」と語っていたのが印象的でした。
 タイの食事は全体的に美味しく(油っぽくないからかな)、一部の怒!辛い物を除けば美味しく頂けます(^^)/。

   先生のボランティア活動はまだまだ続きます。植林ボランティアは息の長い活動をしていかなければなりませんし、そうでなければ地元の方達ともうち解けないと思います。ボランティアを初めて12年、気の長い地道な活動と先生の人柄が皆さんを引きつけるのではないかと思いました。今回のツアーで私の心にも何か植え付けられたような気がします。

興味が沸いてきた方、梅林先生のホームページ「Dr.MANAOのおどろきタイTalk」を一度開いてみてください。
ホームページのアドレス : http://www.h5.dion.ne.jp/~dr_manao/
梅林先生の名前を入力しても検索可能です。

中村さんチェンマイ七夕植樹祭に参加して
             (安城営業所 中村厚)

 今回のツアーでは2ヵ所の学校と村1ヵ所で、合計1,477本のマナオ(タイのライム)の苗木を寄贈・植樹しました。
 訪れた学校の1つであるクンユァム中高学校の集会所には、学生たちが各々の願いを書いた短冊がくくりつけられた笹が立てられていました。短冊の中には日本語で書かれたものやドラえもんスタンプが押してあるものもありました。ここの学生達のご祖父母の方々はインパール作戦で敗れた日本兵を助けてくださった方々だそうです。
 学生達から歓迎を受け、一緒に「ぞうさん」や「たなばたさま」タイの子ども歌「チャン(象)」を歌ったり、手作りのお菓子とお茶をいただいたりしました。クンユァム中高学校には個人ボランティアで学生達の教師をしている日本人が2人いて、お話を聞くことができました。1人は日本語を教えている女性の方で、以前はスリランカで日本語を教えていらっしゃったそうです。もう1人の方は、年に数回タイに滞在し学生たちにそろばんを教えている男性です。私と同郷だったので、つい話が盛り上がりました。その後、マナオの苗を寄贈し、学生達と一緒に苗を植えました。
 また、今回のツアーで始めて訪れたメーホンソン最北の村のメーラナーは、現地の人でもなかなか訪れないような所で、メーホンソンから車で山道を約2時間半かけて行きました。メーラナーでは、学校の斜面に植樹をし、その後村人たちに苗を配りました。村人達のうれしそうな笑顔が印象に残っています。村長さん宅でいただいた昼食は、日本食に味付けが近く、とてもおいしかったです。何度もおかわりをしました。
 梅林先生のタイでの植樹活動は、現地で受け入れられ、着実に広がりを見せているのを確認できました。今、私達がこうして安心してツアーに参加できるようになるまでには、多くの苦労があったと思います。また、梅林先生とお会いし、先生の人柄・熱意に触れ、次の世代へ先生の「志」を継いでいかなければならないと感じました。

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中国植林2009
 1996年から中国内蒙古自治区クブチ沙漠での植林事業、「緑の協力隊」に参加しています。
 2009年は8/6〜8/13の間、エステムからは2名の社員が植林活動に参加しました。

ポプラ植林風景 熊谷さん中国植林に参加して
    (リーダー OS課 熊谷純)

 朝日に照らされ輝く陰山山脈、沙漠とポプラの緑のコントラスト、木立の間を飛び交う鳥たちの囀り、広がる農地と草地、かつて過放牧などにより沙漠化が進み砂に呑み込まれた場所とは思えない光景がそこには広がっていました。「やればできる。やらなければ何もできない。」故 遠山正瑛 鳥取大名誉教授の言葉から始まったクブチ沙漠・恩格貝(オンカクバイ)での19年間の沙漠緑化活動の成果です。

 エステムの2名は愛知大学緑の協力隊「ポプラの森」第6次隊(36名)に参加。隊の皆様と合計800本のポプラを沙漠の最前線の地に植林してきました。ポプラの植林は全てを呑み込む砂の移動を阻止するため。作業はポプラが確実に根付くために必要な1m3以上の砂穴掘りと育ったポプラの剪定です。途中、雷雨に見舞われ中断もありましたが、降った雨や現地スタッフの方々が予め植林地に水を撒いてくれたおかげで砂が締まり、当初イメージしていた「灼熱地獄+掘れば埋まる砂地獄」のはずが、いくらでもサクサク掘れる楽しい状態となり、穴掘りに夢中!作業の捗ること捗ること、現地スタッフの方々と恵みの雨に感謝!!です。唯一発生した個人的問題は、何故か真直ぐ植えたつもりの苗木が最後に必ず斜めに傾くこと。「木が曲がるのは心が曲がっているから」と言われ心を入れ替え植えるが、それでも最後にはきちんと傾いてくれる苗木。(最後の数本は、やっと真直ぐになりました。)

   恩格貝では失われた環境の再生が進む中、発展に伴う次なる問題が起こっています。四輪駆動車で沙漠の走りを楽しむ若者たちが、せっかく植えたポプラの植林地に入り込んでしまい荒らすこと。また、現在は地下水やダムにより確保できている水が、将来は農業や産業の発展に伴い、使い方次第では不足するのではという水問題の懸念。更なる人同士の相互理解と水資源の計画的な利用と管理が求められています。

 沙漠での2日間のボランィアを含む中国の旅、訪れた北京、上海、杭州どれもすばらしい町でした。でも、恩格貝が一番と思えるのは、美しくも厳しい沙漠の存在と、それと向き合い何とかしようとする人々の姿に強いシンパシーを覚えたからです。
 現地スタッフの方の保護を受け、沙漠の中でがんばるポプラにまた会いに行きます。

西山さん中国植林に参加して
             (長久手浄化センター 西山久美子)

 8月6日〜13日の8日間、愛知大学「緑の協力隊」に参加して中国内モンゴル自治区クブチ沙漠の恩格貝(オンカクバイ)で植林をしてきました。

 1991年にNGO団体の日本沙漠緑化実践協会がクブチ沙漠での植林活動を始めてから約20年が経過しました。1995年には、この活動に愛知大学が特別隊(愛知大学 緑の協力隊)を派遣するようになり、エステムはこの「緑の協力隊」に1996年から参加させて頂いています。
 今年の協力隊は愛知大学の学生さんを主体とし、一般からの参加者はエステム社員2名を含む10名で、総勢36名の参加でした。

 北京から寝台列車とバスを乗り継ぎ、約18時間かけてようやく恩格貝に到着すると約20年の植林活動によって緑が広がり、豊かなオアシスが形成されていました。恩格貝の年間降水量は200〜250mmと日本の約8分の1ですが陰山山脈からの伏流水に恵まれ、地下水が豊富で沙漠でも緑化が可能な場所です。

 沙漠といえば灼熱の太陽!と思っていましたが6月〜8月は恩格貝では雨期にあたり、空はどんより曇り空。恩格貝初日の沙漠ウォッチングの最中には雷も鳴り出し、翌日からの植林作業中に雨が降らないか心配になりました。

 植林した苗木はポプラ800本です。
 沙漠にマス目状にポプラを植える目印がついており、各班一列に並んで、穴掘り開始!約1m程度の穴が掘れたら、苗木を据え埋め戻していきます。1mの穴ですから、苗木の半分以上が埋まります。それほど深く掘らないと、砂が風に飛ばされてしまい、せっかく植えたポプラが倒れてしまうそうです。
 初めはスコップの扱いに慣れなくて、1つの穴を掘るのに四苦八苦。慣れてきた頃には、「何本植えた」と数えていたのも忘れ、無心で穴を掘りました。

 恩格貝の滞在中を通して天候は優れず「恵みの雨」により作業が中止になることもありましたが「日本よりも涼しいかも?」と感じるほど過ごしやすかったです。また、雨で砂が湿って穴が掘りやすくなり、無事、用意して頂いた苗木を全て植えることができました。

 クブチ沙漠はもともと気象的要因で形成された沙漠で、恩格貝もかつては豊かな草原地帯だったそうです。しかし、ヒツジやヤギの過放牧などによって急速に沙漠化が進みました。この地方は良質のカシミヤの産地でそのほとんどが日本へ輸出されています。私たちが量販店でカシミヤ製品を安く買うことができる背景には、沙漠化と現地に住む人々の貧困がありました。私たち消費者がより安い製品を求めた結果、別の国の自然を破壊しているという事実を目の当たりにした気持ちでした。

 沙漠に植林をするのは、単に緑を増やす為ではなく砂の流動を防ぐ為です。沙漠が拡大する一番の原因は風によって砂が移動し、もともと草地であったところや、地下水が湧き出すところ、農地などを次々に飲み込んでいくことです。植林したポプラが生長すれば、防風林となり砂が固定され、沙漠だった所に農地が生み出されます。恩格貝は沙漠開発のモデル地区に指定されており、メロンやブドウなどの栽培が試みられ成果を挙げています。

 今回の植林で、遠く離れた内モンゴルの沙漠化には、私たちの日本の生活が影響していることを知り、深く考えさせられました。

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タイ・チェンマイ植林2008
 2008年は7/5〜7/11の間、4名の社員が植林活動に参加しました。今後も海外での植林活動を継続していきます。それでは参加者の感想をどうぞ!

チェンマイ植林風景チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (リーダー 第一ブロック 中村 亨)

 今回で第8回目(エステムの参加は4回目)の植樹祭に昨年同様会社から4名参加させて頂きました。今まで参加した人からは記念植樹ということで実際には参加者一人一人がマナオの苗を植えることが出来なかったと聞いていましたが、今回は地元の小中高校生やボランティアの方と汗を流しながら877本の苗の一部を植樹し、また、小型車に分乗しメーアイのドイ・レエム村にて、200本のマナオの苗を村人と一緒に急斜面に穴を掘りながら植樹でき、現地の方との交流を図りました。これらの木が成長し実を付け現地の人たちの生活に少しでも役立てばと思います。
 梅林先生の七夕植樹祭は今回で8回目ですが、日頃から梅林先生の活動に共感して多くの現地日本人や地元の方がボランティア精神を発揮して活動していることには感動しました。それもほとんどが60、70代の年配の方々ですが、非常にお元気で健康であり、生き生きとした姿には感心させられるばかりでした。また、現地の人の笑顔は非常に素敵でもありました。
 私たちに出来ることは何なのか?ボランティアの基本について勉強する良い機会にもなりました。
 今回 タイ、ラオスを訪れ、歴史、文化、経済等日本との違いを学ぶことが出来感謝しております。この貴重な経験を今後の自身のボランティア活動に生かし、より環境保全に努めていければと思います。
以上

チェンマイ植林風景チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (環境調査センター 松浦万莉)

 ほとんど海外に行った事がない私がチェンマイ七夕植樹祭にいけることになり、行く前から本当にわくわくして、もしかしたら夢かもしれないと旅立つ直前まで信じられませんでした。しかしチェンマイに着き外へ出て、日本との町並みの違い、タイ語の看板、新鮮なものがいっぱいで、子供の様にはしゃいでいました。
 2日目からこの旅のメインの植林です。今年は今までとは違い、2日間植林という事で、「やるぞ!!」という気持ちで挑みました。1日目の植林は現地の高校生と一緒に植えました。みんな明るく元気に私たちを歓迎してくれ、現地の高校生と楽しく植林することができました。2日目の植林は山岳地帯での植林です。標高約1000mで、10人程乗れる乗り合いバスが私たちを乗せてすごく急な坂道を登りました。車が途中で上がりきれず、下がってしまうというトラブルがありながらも何とか着いた山岳地帯でした。山岳地帯では山の斜面で足場が悪く、植えづらい場所でしたが、これで少しでも山岳民族の人達が喜んでもらえればと思いもくもくと木を植えました。初めは標高が高いせいで寒かった山岳地帯でしたが、いつの間にか汗もかくほどに木を植えていました。ここでの植林はかなりの達成感でした。みんなで植えた木が元気に成長するようと笹の葉に願いながら、山岳地帯をあとにしました。 
 まだまだ植林がしたいなと思いつつ2日間の植林をあっという間に終え、もう一つの楽しみであったタイ・ラオスのいろんな場所を見て回りました。特にラオスはまだまだ発展途上で、電気もしっかり整備されておらず、停電になって街中が真っ暗で、みんなろうそくの明かりを灯したりと日本ではないような事も起こり驚きました。私たちにとっては普通の事が普通じゃなかったり、文化の違いや環境の違い、驚かされる事が沢山あり、いろんな体験ができ、学ぶ事ができたと思います。楽しくまた、大変貴重な一週間を送る事ができました。

チェンマイ植林風景チェンマイ七夕植樹祭に参加して
 (設楽事務所 伊藤 悠太)

 今年で8回目の植樹祭。日本からのツアー参加者23名を含めて総勢で約80名の参加者でした。クアンパーク寺院学園に到着し、植樹祭が行われました。
 植樹祭では色々な願いの書かれた短冊が笹につるされ、タイの中学生・高校生らと日本語で「たなばたさま」や「ぞうさん」、タイ語で「チャン(象)」を歌いました(前日やバスの中で練習!!)。
 交流後には877本のマナオが寄贈され、植樹が行われました。そこで日本からの参加者以外は、植樹することなく食事(・・)祭(・)の方へ出発するというトラブル?も・・・※。言葉は通じなくても高校生らと楽しく植樹が出来とてもいい思い出になりました。
 今回の素晴らしい植樹祭ツアーに参加できたこと、タイ・ラオスの文化・環境を体験できたことを感謝します。
※現地の通訳さんが、「植樹に行く」と言ったのを「食事に行く」と聞き間違え、
一部の参加者のバスが食事会場に行ってしまったそうです。
海外ならではのハプニングですね!

チェンマイ植林風景チェンマイ植林祭ツアーに参加して 
(環境調査センター 水野 智絵)

 このツアーで特に実感した事は2つ。自分の財(お金も体も)を投げ打って、かつ、返ってくるものを望まないのが本当のボランティアなんだなという事。もう一つは、蛇口をひねるときれいな水がでるというのは本当に幸せな国に住んでいるという事。
 前者は「自分が寄付した梅がどうなったか知りたいようなら、寄付しなくていい。気持ちだけ頂く。」かつて梅を寄付しようとした方が聞いた梅林先生の言葉が印象的でした。自分が寄付した木がどうなったかなんて返ってくるものを望んではいけない。それこそが本当のボランティアだなと痛感するばかりでした。
 後者はタイやラオスでのトイレ事情、蛇口をひねると茶色の水が出た事もあったり、ラオスのホテルにあった小さなカードで考えさせられました。カードには「『SAVE THE WORLD』世界中のホテルでどれだけのタオルが毎日洗われているかわかりますか?それだけ洗うのにどれだけの水と石鹸を使うか知っていますか?」と。日本はきれいな水が出るのだし、もっと節水しようと思いました。
 という驚きと発見の連続で、人生の中でも貴重な一週間だったと思います。ありがとうございました。

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鳳来寺つげ野の森
 2002年から年2回春と秋に東三河新城市(旧:鳳来町)つげ野の森の植林活動に参加しています。2008年は4月19・20日の日程で25名が参加し、下草刈り・間伐・植林と昼食の給仕を行いました。

つげ野の森の植林活動鳳来つげ野 国内植林に参加して (長久手営業所 内藤知子)
 それは、春のお花見のことでした。同期の自転車好き仲間の山本君に、「今度の植林は自転車で行くの?」と至極当然のように言われました。すっかり車で行く気でいた私ですが、自転車魂に火がつき、自転車で鳳来に行くことを決意しました。
 大学時代サイクリング部に所属し、自転車で旅をしていたのですが、一年間ですっかり筋肉は衰え、立ちはだかる稲武の山に、足はふらふらでした。それでも、春の山のすがすがしい風や、下界ではとっくに散ってしまった桜に励まされ、なんとか県民の森にたどり着くことができました。
 県民の森は、広い山の一部にキャンプ場や宿泊施設、ハイキングコースなどが整備されていて、自然の中でゆったり過ごすことのできる素敵な施設です。小中学生の時のキャンプを思い出しながら、火をおこしたり、野菜を切ったり、お米を炊いたり・・・。みんなで楽しく動き回っているうちに、おいしい晩御飯ができあがりました。一緒に食事の準備をし、テントに泊まるという体験をすると、仕事で話すだけではわからない、それぞれの人の個性が伝わってきます。前夜は参加者同士でまったりと語らい、とても楽しい時間となりました。
 今回の植林活動は、下草刈りを行いました。健やかな森を育てるためには、植えるだけではなく、よい環境を整えてあげることも大切です。鎌を持ち、ひたすら刈る刈る・・・。気がついたら、雑草伸び放題で暑苦しかった山がすっきりとしていました。
 おいしい筍ご飯と山菜の天ぷらをモリモリ食べ、元気回復した後は、チェーンソーを使った間伐体験をさせてもらいました。木々にお神酒を捧げ、密集しているところを選び、木を倒していきます。いよいよ木の倒れる瞬間には、その迫力に思わず声を上げずにはいられませんでした。最後には、自分の倒した木を薄くカットしてプレゼントしてもらいました。そして、我が家はひのきの香り漂う、癒しの空間になったのでした。

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木曽町福島地区上水水源育林活動
 2005年から長野県木曽町福島地区にて水源の育林活動を新たに開始いたしました。2006年は7月29日〜30日に活動を行いました。約30名の社員が参加し、鹿避けの防除用ネット張り、下草刈りを行いました。
【今回の日程】
 29日 12時 本社集合 買い出し後出発 〜 16時 山荘到着夕食作り 〜 宴会
 30日 8時 活動開始 〜 12時 昼食 〜 駒の湯温泉 〜 17時 本社到着解散

木曽福島森林づくり風景木曽町福島地区育林活動に参加して
 (環境・品質管理室 武市 祥子)

 生まれて初めての長野県入りで、木曽町が近づくに連れて胸がワクワク高なりました。山の緑が濃く、周囲が涼しくなっていくのを感じました。山荘に着いたらさっそく夕食作りです。伝説のシェフ、丸山室長の一品料理の数々に宿泊者全員大満足でした。また、エステム長野の落合さんの結婚報告話と踊りにその日の宴会は盛り上がり、日本産の線香花火を初体験する等、楽しい一夜を過ごしました。翌日は、絶好の下草刈り日和。その後は温泉につかって帰途につき、自然の恵みの素晴しさを体感した2日間でした。

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